青白磁緋流陶筥 松川和弘
青白磁緋流陶筥 松川和弘
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青白磁緋流陶筥 松川和弘様作(Φ:7.9cm H:7.6cm)
――「淡青の静水に、緋がひと筋、息を入れる。蓋を開くたび“景色が動く陶の筥」
Ⅰ 陶筥という開閉の儀式
陶筥は、しまうための器であると同時に、開ける/閉じるという所作そのものを美へ変える道具です。蓋が合わさる瞬間の緊張、外した瞬間の解放。中に何を収めるか以前に、筥は気配の切り替えを担います。
本作「青白磁緋流陶筥」は、端正な立ち上がりと、蓋と身の精確な合口により、手に取ったときの感触が非常に静かです。音さえ控えめで、動作がそのまま“礼”になる。小さな筥でありながら、茶の湯の精神が自然に宿る理由がここにあります。
Ⅱ 青白磁――白より澄み、青より柔らかい余白
2-1 光をためる磁肌:静けさが濁らない白
青白磁の魅力は、色そのものの強さではなく、光の受け止め方の上品さにあります。白磁の清浄を基調にしながら、そこへ淡い青の息を含ませることで、器は“冷たさ”ではなく“澄み”として立ち上がります。
面の勾配に沿って陰影がすっと移ろい、角に集まるグラデーションが形の精度を際立たせる。余計な情報が少ないぶん、見る側の感覚が研ぎ澄まされ、静けさの密度が増していきます。
2-2 形が語る:筥の寸法を超える存在感
掌中のサイズは、いわば凝縮された舞台です。小ささは控えめではなく、むしろ集中です。形は潔く、輪郭は明快、置かれているだけで場が整う——青白磁が持つ空間調律の力が、筥という形式でいっそう端的に現れています。
Ⅲ 緋流(ひながれ)――静水に走る“朱の気配”
3-1 緋は装飾ではなく、景色の動線
本作の最大の魅力は、淡青の磁肌を横切り、面から面へと連続して走る緋の流れにあります。緋は赤く叫ぶのではなく、薄く、しかし確実に温度を差し込む。
流れは一箇所に留まらず、蓋の上から側面へ、さらに合口をまたいで身へと渡ります。ここに筥ならではの面白さがあります。閉じた状態では線は連続し、開けば線は分割される。つまり、筥は景色が変化する器なのです。
3-2 炎と手の痕跡:偶然を設計するという高度
緋流が美しいのは、単なる“模様”ではなく、焼成の気配がそのまま残るからです。濃淡、にじみ、かすれ、細い枝分かれ——その揺らぎが、青白磁の禁欲的な整然さに、わずかな呼吸を与えています。
整えすぎれば死に、荒れれば品を失う。その境界で、松川和弘様は偶然を美として成立させる最小限の制御を行っておられます。だからこそ緋は生々しく、しかし決して下品にならないのです。
Ⅳ 蓋と身の構造美――“合口の線”がつくる緊張
筥の美は、蓋の上面だけで完結しません。合口の一本の線が、器を引き締めます。写真で見える薄い区切りは、機能の境目であると同時に、視覚的な水平線として働きます。
緋流の斜めの動線(動き)と、合口の水平線(静けさ)が交差し、器の表情は単調にならない。さらに内側へ目を移すと、見込みにも淡い青の静水が広がり、外側とは異なる“奥の余白”が立ち上がります。しまうものを包むのは空間であり、空間の清浄そのものが価値になる——陶筥の本質が、ここに端正に現れています。
Ⅴ 取り合わせと用途――“緋”が一点入る効き
本作は、淡青の静けさが基調ですから、取り合わせは非常に広く、それでいて緋が一点入ることで、季節感が立ち上がります。
たとえば春先、まだ冷たい空気に微かな陽が差す頃。淡青は薄氷や春霞を想わせ、緋は若い日差しや花の兆しとして働きます。秋冬であれば、青白磁が冴えを、緋が炉のぬくもりの気配を担う。
香を納めてもよし、菓子の意匠小物を収めてもよし。あるいは何も入れず“余白をしまう”という使い方も成立します。筥は中身を守るためだけにあるのではなく、心の速度を落とすためにある——本作は、その最も美しい答えの一つです。
まとめ
青白磁緋流陶筥は、青白磁の澄明な沈黙に、緋がひと筋の生命を与えた、掌中の景色です。緋流は蓋と身をまたいで連続し、閉じたときに整い、開いたときに分かれて、筥の所作そのものを美へと導きます。
清浄と温度、静と動、余白と気配。小さな器にそれらを同居させ、置くだけで場の密度を変えてしまう——松川和弘様ならではの端正で詩的な陶筥です。
略歴
1977 大阪府河内長野市生まれ
1998 奈良芸術短期大学陶芸コース卒業
2000 奈良芸術短期大学専攻科修了
2001 京都府立陶工高等技術専門校修了
近藤髙弘様に師事
2006 独立・河内長野市にて開窯
主な個展・展覧会
2007 京都府美術工芸新鋭選抜展(京都文化博物館)
二人展(松坂屋名古屋店美術画廊/名古屋)
個展(京都高島屋美術工芸サロン/京都)
2008 個展(カンパニュール/千葉)
個展(パラミタミュージアム小ギャラリー/三重)
2009 個展(ギャラリーエスパス/名古屋)
2010 個展(札幌三越美術ギャラリー/北海道)
個展(松坂屋名古屋店美術画廊/名古屋)
個展(アルパーク天満屋美術画廊/広島)
2011 個展(陶器ギャラリー風露/大阪)(’07)
2012 個展(ギャラリーおくむら/東京)(’07 ’09)
2013 個展(ラブリーホール開館20周年記念事業/大阪)
2014 個展(天満屋広島八丁堀店アートギャラリー/広島)(’11)
2016 個展(天満屋福山店アートギャラリー/広島)(’08 ’12)
三人展(博多阪急ミューズ/福岡)
2017 個展(ピナコテーカ/東京)(’14 ’15)
個展(天満屋岡山店美術ギャラリー/岡山)(’08)
個展(アトリエヒロ/大阪)
2018 個展(日本橋三越本店美術ギャラリー/東京)
個展(髙島屋大阪店ギャラリーNEXT/大阪)(’08 ’11 ’15)
2020 個展(花あさぎ/東京)
2021 個展(ギャラリーたちばな/奈良)(’15 ’17 ’19)
2022 二人展(花あさぎ/東京)
2023 二人展(アトリエヒロ/大阪)
2025 二人展(花あさぎ/東京)
個展(緑ヶ丘美術館/奈良)
受賞歴
第36回日本伝統工芸近畿展(大阪府教育委員会賞)
第55回日本伝統工芸展(日本工芸会総裁賞)
パブリックコレクション
緑ヶ丘美術館
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