青瓷一輪　 多賀井正夫

幅 : 8.6cm×8.6cm 　高さ : 11cm

青瓷一輪（せいじ・いちりん）多賀井正夫 作

１．作品概要

本作は、雨のあとの澄んだ空を思わせる淡い青釉〈雨過天青〉をまとい、自然が刻む造形美を写した一輪挿しです。轆轤成形をあえて途中で止め、さらに手捻りで歪みや凹みを加えることで、岩肌のような起伏と有機的な陰影を生み出しておられます。口縁は波打つ不定形で、釉を薄く掛け残した部分が銀鼠色に発色し、侘びた輪郭を際立たせています。鏡面のような釉肌の奥では、ほんのり乳濁した層が透けて奥行きを与え、溜まった釉だまりには鉄点がにじみ、古青瓷の面影をそっと宿しています。

２．造形と機能美

３．技術的特徴

釉薬設計
鉄粉を調整し、高温還元で焼成したのち終盤を酸化寄りに切り替える〈還元落とし〉を用いています。これにより赤味を帯びない澄明な青と、奥行きをもたらす乳濁レイヤーを両立させています。

氷裂貫入と鉄点
胎土と釉の膨張係数がごくわずかにずれるため、光の加減でのみ確認できるほど細かな貫入が入り、使用を重ねると花水が染み込み霞がかる景色へと育ちます。胴の凹部には釉が溜まり、鉄分が還元されて黒点が現れ、景色のアクセントになっています。

鏡面仕上げ
焼成後に低温還元で追い焚きを施し、釉表層を軽く再溶融させることで、しっとりとした艶と柔らかな映り込みを得ています。

４．美的意図と歴史的背景

多賀井正夫様は、宋代龍泉窯の「玉澗青瓷」がもつ幽玄さに、日本茶陶が大切にしてきた「景色を育てる侘び」を掛け合わせ、現代の空間に調和するミニマルな作品を追求しておられます。本作は、唐物青瓷の端正さをあえて崩し、自然石や水滴の偶然性を写し取ることで、「静寂の中に潜む生命感」を表現しています。

５．花合わせと飾り方

※ 見台や黒塗り板に載せて高さを調節し、陰影を強調すると、凹凸の景色がより際立ちます。

６．鑑賞ポイント

凹凸に映る光の揺らぎ
斜光を当てると釉面が水面のように反射し、青の濃淡が刻々と変化します。

鉄縁と鉄点の侘び味
口縁と胴点在の黒味が青を引き締め、古青瓷に通じる渋みを醸成しています。

育つ景色
花水や時間の経過で貫入に霞が入り、器が持ち主とともに変化します。

７．結び

本作「青瓷一輪」は、澄明な青の静けさと手捻りの動勢、そして鉄縁・鉄点の侘びが共存する“生きた景色”の器です。一輪の草花を挿すだけで空間に瑞々しい息吹が宿り、年月とともに器肌がゆるやかに変わる過程が、持ち主だけの物語として刻まれていきます。どうぞ末永くご愛用いただき、四季の花とともに青瓷の移ろいをご堪能くださいませ。

多賀井正夫様との対談 – 高級陶器の専門店【甘木道】