青白磁銀彩陶筥 松川和弘様作(W:10.1cm D:2.5cm H:2.2cm)
――「淡青の細線に、銀の霜が寄り添う。薄く長い一箱が所作を静かに研ぐ】
Ⅰ 陶筥という“線の道具”——薄さが生む緊張
陶筥は、しまう器である以前に、開閉の所作によって空気を整える道具です。本作はW10.1×D2.5×H2.2という、薄く長いプロポーションが特徴です。高さが抑えられている分、筥は“量感”ではなく“線”として存在し、置いた瞬間に空間へ一本の緊張が走ります。
茶の湯においては、厚みのある道具が「安定」を語る一方、薄い道具は「精度」を語ります。指先が蓋を捉え、静かにずらし、合口が戻る——その一連の動きが、自然に丁寧になっていく。薄さそのものが、所作を整える仕掛けとなっています。
Ⅱ 青白磁——白より澄み、青より柔らかい静水の帯
2-1 淡青は色ではなく、光の質
青白磁の魅力は、青という色の主張ではなく、光を柔らかく含んで拡散する肌にあります。本作の淡青は、薄氷や静水を思わせ、面のわずかな勾配に沿って陰影がすっと移ろいます。
特にこの筥では、淡青が“帯”のように長く伸びるため、静けさが細く持続し、見る者の呼吸を自然に落ち着かせます。
2-2 合口の線に覗く温度
蓋と身の境界に走る合口の細線には、焼成由来の淡い橙がごく控えめに現れています。完全な無垢ではなく、炎と手の痕跡が一筋の温度として残る。その微差が、青白磁の清冽さをいっそう深い澄みへ導きます。
Ⅲ 銀彩——鏡ではなく“霜の肌”、端を締める句読点
3-1 微粒の輝き:銀が静けさを壊さない理由
本作の銀彩は、強く反射する金属光ではなく、微細な粒立ちをもつ落ち着いた輝きです。光を面で跳ね返さず、点で受けて柔らかく散らす——印象は霜、薄雪、月光。
薄い筥では、少しの輝きが過剰になりがちですが、この銀彩はあくまで沈黙の側に留まり、静けさの輪郭を整えます。
3-2 構図の妙:淡青の線に端を与える
銀彩が配された部分は、淡青の帯に対して端を与え、視線の流れに小さな停止を生みます。淡青が一続きの文章なら、銀は句読点。
そのため器は伸びやかでありながら、間延びしません。薄く長い形が持つ緊張を、銀彩が静かに支えています。
Ⅳ 開いたときの景色——“水路”のような見込み
蓋を外すと、内側には淡青の細長い見込みが現れます。まるで細い水路のように、静かな余白が一直線に伸びる。
香木の小片、香包、印章、細工物など、細く小さなものを納めた際に、収めたものが自然に整列し、気配が澄みます。筥は中身を守るだけでなく、中身の佇まいまで整える器である——その本質が、この見込みの美しさに表れています。
Ⅴ 取り合わせ・季節感——冬の冴え、早春の薄氷
銀彩の霜のような輝きと、青白磁の淡青は、冬の冴えや早春の薄氷、秋の澄んだ夜気と相性が良いです。黒い敷板に置けば輪郭が立ち、白布に置けば清浄の度合いが増す。
主張ではなく、余白の芯として場を整える——薄く長い筥が持つ品格が、道具組全体を静かに引き締めます。
まとめ
青白磁銀彩陶筥は、薄く長い“線の造形”に、青白磁の静水と銀彩の霜の気配を重ねた、極めて洗練された小筥です。銀彩が端で句読点を打ち、淡青が余白を伸びやかに保つ。閉じても開いても所作が整い、空間が澄む。
小さな筥でありながら、場の速度を静かに研ぐ——松川和弘様ならではの“静けさの設計”が凝縮された一作です。
略歴
1977 大阪府河内長野市生まれ
1998 奈良芸術短期大学陶芸コース卒業
2000 奈良芸術短期大学専攻科修了
2001 京都府立陶工高等技術専門校修了
近藤髙弘様に師事
2006 独立・河内長野市にて開窯
主な個展・展覧会
2007 京都府美術工芸新鋭選抜展(京都文化博物館)
二人展(松坂屋名古屋店美術画廊/名古屋)
個展(京都高島屋美術工芸サロン/京都)
2008 個展(カンパニュール/千葉)
個展(パラミタミュージアム小ギャラリー/三重)
2009 個展(ギャラリーエスパス/名古屋)
2010 個展(札幌三越美術ギャラリー/北海道)
個展(松坂屋名古屋店美術画廊/名古屋)
個展(アルパーク天満屋美術画廊/広島)
2011 個展(陶器ギャラリー風露/大阪)(’07)
2012 個展(ギャラリーおくむら/東京)(’07 ’09)
2013 個展(ラブリーホール開館20周年記念事業/大阪)
2014 個展(天満屋広島八丁堀店アートギャラリー/広島)(’11)
2016 個展(天満屋福山店アートギャラリー/広島)(’08 ’12)
三人展(博多阪急ミューズ/福岡)
2017 個展(ピナコテーカ/東京)(’14 ’15)
個展(天満屋岡山店美術ギャラリー/岡山)(’08)
個展(アトリエヒロ/大阪)
2018 個展(日本橋三越本店美術ギャラリー/東京)
個展(髙島屋大阪店ギャラリーNEXT/大阪)(’08 ’11 ’15)
2020 個展(花あさぎ/東京)
2021 個展(ギャラリーたちばな/奈良)(’15 ’17 ’19)
2022 二人展(花あさぎ/東京)
2023 二人展(アトリエヒロ/大阪)
2025 二人展(花あさぎ/東京)
個展(緑ヶ丘美術館/奈良)
受賞歴
第36回日本伝統工芸近畿展(大阪府教育委員会賞)
第55回日本伝統工芸展(日本工芸会総裁賞)
パブリックコレクション
緑ヶ丘美術館
