邪鬼蓋置 尾西楽斎

幅 : 6.8cm×6.8cm　高さ : 5.0cm

「柄杓を落としたら邪気に笑われますよ」邪気の頭に柄杓を置く喜び。

尾西楽斎様が手掛けられたこちらの邪鬼蓋置は、仏教美術に見られる「邪鬼（天邪鬼）」をモチーフとしつつ、茶湯の道具としての機能性と遊び心を兼ね備えた佳品でございます。丸くうずくまる小鬼の姿に、尾西楽斎様特有の柔和な造形感覚と、京焼色絵の技巧が息づいております。以下、本作の魅力を五つの視点からご紹介いたします。

１．造形美とフォルム

縮こまる姿の愛嬌
全身をぎゅっと抱え込むように丸めたポーズは、単なる“邪”のイメージを和らげ、どこか憎めない愛嬌を漂わせています。角度を付けて首をかしげる表情が、蓋置として置かれた際に客人の視線を自然に誘導いたします。

安定感のある重心設計
胴体下部がやや幅広に成形され、重心が低く取られているため、柄杓や釜蓋を置いても転倒しにくい実用的フォルムとなっております。

２．彩色・釉調の妙

淡桃釉と艶やかな上絵
全体を覆う淡い桃色の釉薬は、還元焼成で柔らかな光沢を帯びながら、邪鬼の皮膚感をほのかに示唆します。

頭部の黄釉と黒角の対比
黄色の髪と黒い一本角は、古来“阿形・吽形”の鬼瓦にも通じる配色で、視覚的なアクセントとして効果的に働いております。

目・牙・口元の細描
目玉には極小の黒釉点と金彩を用い、牙は胡粉で細く盛り上げて立体感を強調。ひと筆書きに見える口元の朱線が、鬼のユーモラスな表情を完成させています。

３．技法 ― 手捻り造形と低火度上絵

一体手捻り成形
塊土を指先で押し出しながら全身を一気に形作る技法で、表面に残る指跡が「肉付き」の豊かさを生み出しています。

透明釉下に淡桃化粧
素地に白化粧を施した上から透明釉を掛ける二層構造により、艶の奥にほのかな桜色が透ける上品な肌合いを実現しています。

上絵焼成による彩色定着
頭髪・角・目・牙は絵付後に750～800℃で低火度焼成を行い、色彩の鮮度と耐久性を確保しております。

４．茶席での機能性と演出

蓋置としての実用
丸みのある背中が蓋の接点を優しく受け止め、滑り止め効果も期待できます。釜蓋を置く際、鬼の背中で火を鎮めるという“制魔”の所作が演出されます。

語らいの種
邪鬼は寺院建築で仏像や宝塔を支える存在として描かれることが多く、“仏法を支える者”へと転じた吉祥の象徴です。亭主はこの逸話を添え、客人と禅味あふれる会話を楽しむことができます。

季節・行事との相性
節分や大晦日、厄除け祈願の茶席はもちろん、雨の日や夜咄（よばなし）の席など、やや趣向を凝らした席にも好適です。

５．文化的・象徴的意義

邪鬼は本来、煩悩・災厄のメタファーでありながら、仏教世界では仏の威光によって調伏され、寺社を支える台座として再生します。本作を蓋置として用いる行為は、

火（湯気）の勢い＝煩悩 を鬼の背に鎮める＝調伏

という象徴的身振りとなり、茶の湯が説く「日常の中で心を整える」精神と響き合います。尾西楽斎様は、この深意をユーモラスな造形に包み込み、現代の茶席に自然と溶け込む道具へと昇華しました。

小さな鬼が身をかがめて釜蓋を支える姿は、可笑しみの中に厄除けと平安を願う祈りを宿しています。茶席に置けば、客人はふと笑みをこぼしつつ、鬼が示す「煩悩即菩提」の教えに思いを馳せることでしょう。尾西楽斎様の邪鬼蓋置は、侘びと遊び心を同時に叶える、実用と芸術性に満ちた逸品でございます。

尾西楽斎様との対談