幅 : 11.7cm 高さ : 8.1cm
尾西楽斎様の呉器形奈良絵茶碗は、朝鮮李朝の飯碗を源流とする“呉器（ごき）”の骨太な造形に、軽妙な奈良絵を帯状に巡らせた、侘びと雅の均衡が際立つ一碗でございます。松・社殿・貴人を主題にした絵図は、古都奈良の王朝文化を連想させ、茶席での語らいに豊かな物語性を添えます。以下、五つの観点から本作の魅力をご紹介いたします。
１．造形と胎土
呉器形ならではの量感
胴をほどよく張らせ、口縁を控えめにすぼめた鉢形は、茶筅が自然に回り、泡が均一に立ちやすい理想的なシルエットです。
裂足高台（さんぽうわり）
三方割の高台は朝鮮飯碗の意匠を受け継ぎ、指掛かりの良さと安定感を両立させています。素地のざらりとした砂味が指先に心地よいグリップを与えます。
淡青磁釉の静けさ
外面下半と内面を覆う淡い青磁釉が、抹茶の緑を柔らかく映えさせ、奈良絵帯の彩度を上品に引き立てる舞台となっています。
２．奈良絵意匠 ― 動く絵巻
二段帯構成
胴中央で上下に分割された二本の呉須帯は、白地の奈良絵帯を額装する“枠”の役割を果たします。碗を回すたびに上段・下段の絵巻が交互に現れ、動的なリズムを生み出します。
松と朱実のアクセント
松の幹を朱と鉄で、葉を緑青で表し、紅一点の実を散らして色調にリズムをつけています。抹茶の緑と呼応する設計です。
貴人と神楽殿
朱衣の貴人が涼亭に座す場面、空の鳥居や宴の長卓がリレーのように描かれ、古の祭礼を彷彿させる物語が展開します。
３．技法 ― 京焼五彩の妙
極細鉄絵線
輪郭を鉄絵具で押さえ、細部まで“揺らぎの無い線”を保つことで、素朴な絵柄に端正な品格を与えています。
緑青・辰砂・黄土の重ね
彩色は伝統的五彩を踏襲しつつ、温度を段階的に替えながら二度焼成を行い、色面に艶と奥行きをもたらしています。
呉須帯のぼかし
藍呉須の帯は刷毛目を残してぼかしを入れ、静と動の境界を視覚的にやわらげています。
４．茶席での機能美
抹茶映え
見込みの淡青釉が抹茶の翡翠色を清らかに際立たせ、泡の白が呉須帯の藍と美しい対比を構成します。
語りの余白
帯状の奈良絵は“絵巻物”の趣き。亭主は碗を回しながら、古都の祭礼や貴人の逸話を客と分かち合うことができます。
季節を問わない汎用性
松や社殿といった普遍的モチーフは、正月から秋の観月まで幅広い茶会で活躍し、取り合わせの自由度が高いのも魅力です。
５．文化的背景と現代性
呉器形は桃山茶陶における「侘び」の象徴であり、奈良絵は江戸初期に花開いた「雅」の図像。本作はその二大潮流を一碗に結びつけ、さらに淡青磁釉と呉須帯でモダンな清涼感を添えています。尾西楽斎様は、古典を踏まえつつも現代茶席に心地よく溶け込むデザインバランスを見事に実現されました。
藍の帯に挟まれた奈良絵が、碗をめぐらせるたびに物語を紡ぎ、淡青磁釉の静謐が抹茶の緑を清らかに抱く―。尾西楽斎様の呉器形奈良絵茶碗は、用の美と語りの美を兼ね備えた「動く絵巻物」でございます。茶席に据えれば、客人は古都の風を感じながら一服の抹茶を味わい、雅びやかな対話を楽しむことでしょう。
尾西楽斎様との対談
