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志野砧花入 柳下季器

志野砧花入 柳下季器

通常価格 ¥165,000
通常価格 セール価格 ¥165,000
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税込。 配送料はチェックアウト時に計算されます。

12.5*26 

幅12.5cm   高さ26cm

志野という「白の宇宙」──技法の背景と土の詩学

志野焼は、美濃(現在の岐阜県東部)で安土桃山時代に誕生した、日本陶芸史上初の“白”を本格的に表現した焼物です。
鉄分の少ない「もぐさ土」に、長石を主成分とする「志野釉」を厚くかけて焼成することで、不透明な乳白色の釉肌が生まれ、火の当たり具合により赤褐色の“火色”が現れます。

この白と赤の対比は、侘びと寂の美意識を表現するうえで極めて象徴的です。志野の白は、明るさというより“沈黙する光”のような柔らかさをもち、器全体に静謐な空気を漂わせます。
また、貫入や柚肌(ゆずはだ)といった肌理(きめ)も重要な要素であり、器の表層に刻まれた“時間の痕跡”は、見る者の記憶を静かに揺さぶります。


砧という形──能・俳句・日本人の心象風景

「砧(きぬた)」とは、布を打って柔らかくする道具であり、その音は古来、遠く離れた人への想いを伝える象徴とされてきました。

中国の故事「蘇武の妻が高楼で砧を打ち、その音が北国の夫に届いた」という逸話をはじめ、日本では能《砧》において、夫に捨てられた女性が恨みと寂しさを込めて砧を打つ姿が描かれます。

さらに「砧打つ」「砧の音」は、秋の季語としても親しまれ、俳諧の世界では「音のない音」「不在の存在」を象徴する装置として用いられてきました。

“打てども響かぬ砧に宿る、想いの余白”
それは、まさに「美しさとは何か」を問い直す、極めて日本的な感性の結晶なのです。


柳下季器の挑戦──儚さと安定、相反するものの統合

この花入において、柳下季器様が目指したのは、まさに**「不安定さと存在感」の両立**でした。一般的な砧形花入は、肩が張り、重心が低く、堂々とした立ち姿をもっています。しかし柳下様の本作は、繊細で揺らぎあるフォルムを採用しています。この造形は、物質としての土と、精神としての“寂び”が絶妙に調和した結果なのです。


「打たぬ砧」という美──文学と茶の湯の交差点

茶道具としての「砧」といえば、真っ先に想起されるのは、南宋~元代の龍泉窯で焼かれた砧青磁です。
国宝「万声」や重文「千声」などに代表される砧青磁は、その美しい青磁釉と高貴なフォルムで、利休以降の茶人たちに高く評価されてきました。

柳下様は、そうした「格のある砧」ではなく、文学的な砧の寂しさ、打たぬ砧の静けさをテーマに据えました。
白化粧土の上に降りかかった松割木の灰が、ほんのりと焦げ、火色が控えめに現れるその姿は、飾り気のなさそのものが表現となる志野の真髄を体現しています。

しかも、釉薬の厚み、焼成の際の火の痕跡、そして細く伸びる首——それぞれが独立して存在しているようで、全体としてひとつの“うた”を歌っているかのようです。


花が入るとき、この器は完成する

この志野砧花入は、単体としても完成された造形をもっていますが、花が入ることでその美しさは一気に際立ちます。
花の生命力と器の儚さのコントラスト
硬質な陶土の造形と、生きた花の柔らかさがぶつかり、そこに「静」と「動」の劇的な対比が生まれます。

しかも、その対比は不協和音ではなく、あくまでも調和された緊張感として機能する。
この“緊張の美”こそが、柳下季器様の器に一貫して流れる哲学であり、志野砧花入は、その最も詩的な成果のひとつと言えるでしょう。


なぜ今、砧なのか──歴史の中で再び問い直す「侘しさ」

遠く離れた誰かを想い、打つことでしか伝えられない音。
その音が今は聞こえず、器だけが残されている。
「砧」とは、過去に向かって響く音であり、未来へと託される想いでもあります。

現代という時代にあって、このような寂しさや間を許容する器が、どれだけ貴重で、深い意味を持つことでしょうか。
柳下季器様は、志野という“焼の白”に、砧という“響きのない音”を重ね合わせ、「見る者の心の奥に、何かをそっと響かせる器」を生み出しました。


結びに代えて──季節のはじまりに寄せて

秋の夜長に、この器を飾ってみてください。
花を一輪、楚々と挿してみてください。
たとえば、すすき。たとえば、野菊。たとえば、名も知らぬ道端の草花。

その花は、器の静けさによって、いっそう可憐に見えることでしょう。
そして器は、花の存在によって、いっそう物語を帯びるはずです。

「打たぬ砧に、咲く花ひとつ」
本作は、そんな一句を器の中に封じ込めたような、美と想念のかたちです。

柳下 季器(Hideki Yanashita) プロフィール
陶芸家 1967 –
東京都生まれ。現在は三重県伊賀市を拠点に活動。桃山時代のやきものに魅了され、陶芸の道へ進む。信楽での修行を経て三重県・伊賀に自ら穴窯を築窯し、「神田窯」を開窯。杉本貞光氏に薫陶を受け、侘び寂びの世界を独自の視点で深く探求しつつ、楽焼や焼締、井戸、織部など多彩な作品を制作しています。柳下氏の創作において重要なテーマとなるのは、先人の技法や精神を深く学びつつも、現代の素材や独自のアプローチを取り入れることで生まれる新たな極みへの探究です。その作品は時代に左右されない本質的な美を問いかけ、観る者をより深い芸術の世界へと誘います。

活動拠点
三重県・伊賀

略歴
1967年 東京都生まれ
1989年 専門学校桑沢デザイン研究所卒業
2002年 三重県伊賀市に穴窯を自身で築窯(神田窯)
2002年 高島屋横浜店にて二人展
2004年 高島屋横浜店にて個展(以降開催)
2007年 高島屋京都店にて個展(以降開催)
2007年 杉本貞光先生に薫陶を受ける(以降現在まで)
2008年 高島屋大阪店にて個展(以降開催)
2013年 JR名古屋タカシマヤにて個展(以降開催)
2023年 日本橋三越本店にて個展(以降開催)
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