練込ぐい呑み　小川文齋

幅 : 7.0cm×7.0cm　高さ : 4.5cm

土と火の記憶を呑む ― 練込ぐい呑み　六代 小川文齋（興） 作

六代 小川文齋（興）様によるこの「練込ぐい呑み」は、まるで土そのものが語りかけてくるかのような、根源的な力を湛えた小品です。ひと握りほどの器に収められた土の風景は、単なる造形を超え、手に取る者の感性をじわりと刺激します。

釉の下からにじみ出るように現れる茶褐色の模様は、練り込まれた異なる土が焼成のなかで融合し、偶然と必然の境界を行き交うように描かれたもの。かつての大地、あるいは火山灰の地層のような表情は、陶芸が持つ「地球的記憶」の美を、ありありと感じさせてくれます。

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練込という技法、複層する時間と質感

「練込（ねりこみ）」とは、色や質の異なる土を意図的に混ぜ合わせることで模様を生む陶芸技法。筆や釉薬で描くのではなく、土そのものの層が模様となって立ち現れるため、表面の風景は“切り取られた地層”ともいえるほどに物質的で、同時に時間的です。

本作においては、土の練り合わせによる複雑な文様が、黄土色と茶褐色の濃淡となって器肌に染み込み、さらに釉薬の流れや窯変によって、唯一無二の表情をもたらしています。手仕事の跡がそのまま意匠となり、「作られた美」ではなく「生まれた美」の魅力が息づいているのです。

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掌に宿る、素材の重奏

ぐい呑みという限られた器形のなかで、これほど豊かな質感と色彩の変化が詰め込まれていること自体が、作家の技術と審美眼の賜物といえるでしょう。口縁は微かに歪み、そこに手作りならではのぬくもりと自由さが漂います。器の内側には深みのある青釉が施され、酒を注いだとき、液面に映る青と外側の土の色が、まるで風景を映す水鏡のように揺らぎます。

掌に収まる小さな器でありながら、手に持つとどこかしら「重さ」や「熱」を感じるような感覚があり、それは土と火の記憶を肌で受け取っているからに他なりません。

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ぐい呑みとしての「用」と「語り」

この練込ぐい呑みは、単なる鑑賞のための美術品ではなく、実際に使うことで完成される器です。冷酒や燗を注ぎ、手の温度が器に伝わってゆくとき、土の肌が少しずつ変化し、見る者にしか見えない表情が浮かび上がってきます。

小川文齋様が大切にしている「対話としての工芸」「触れて感じる美」が、まさにこの器には込められており、飲むという行為の中で、素材、時間、作者の思い、使い手の感性がひとつに溶け合うのです。

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六代文齋の“緑”を超えて

これまで「緑色の人」として数々の翠緑釉作品を生み出してきた六代 小川文齋様が、本作ではあえて“土”そのものを語る練込という手法に立ち返ったことは、実に象徴的です。それは、色の美しさだけではなく、素材そのものの力を再発見する試みであり、受け継がれてきた伝統の技と、自身の中に芽生えた原点への回帰ともいえるでしょう。

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土の詩、掌の中の宇宙

「練込ぐい呑み」は、まさに小さな宇宙です。土が生み出す文様は、作者の手を離れたあとも時間のなかで育ち、使うたびに新たな風景を見せてくれます。

酒を酌み交わす場でこの器を手にすれば、そこには単なる嗜好を超えた“語り”が生まれます。土が語る物語を、火が封じ込め、釉が照らす――そんな詩のような器を、ぜひあなたの掌で感じてください。

それは、静かに、しかし確かに、記憶と心を満たす一献となるはずです。