青瓷茶盌 多賀井正夫
青瓷茶盌 多賀井正夫
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幅 : 14.2cm×14.2cm 高さ : 8.9cm
青瓷茶盌 ―氷裂の青にひそむ“雨過天青”の詩情
多賀井正夫様 作
1.作品概説
本作は、空気を含むような淡い青釉の下に、蜘蛛の巣状に走る「氷裂貫入」をまとった青瓷茶盌です。透明感のある素地に厚めの釉を掛け、高温還元で焼成したのち急冷させることで、釉と胎土の収縮差が絶妙な裂紋を生み出しています。見込みから外側へと放射状に広がる線は、まるで氷面に生じたひびのように動きと奥行きを与え、茶を点じた瞬間に茶室の光を繊細に反射します。口縁にはあえて鉄分を残して“鉄刷毛”のような柔らかな輪郭をつくり、淡青の世界を引き締めると同時に、使い込むほどに侘びの景色を深めていく意図が感じられます。
2.技術的背景
多賀井正夫様は1970年大阪生まれ。日本工芸会正会員として数多くの公募展で入選・受賞を重ね、厚釉青瓷を中心に研鑽を積んでこられました。特に「素地の色と釉薬の厚みや質感をミクロン単位で制御し、理想の青を引き出す」探究姿勢は高く評価されており、近年の個展でも“深みのある雨過天青”と評される独自の発色が注目されています。
本作の青は、鉄分を抑え、焼成中の還元雰囲気を終盤で軽く酸化寄りに切り替えることで、赤味のない明快な空色を得ています。また、胎土に微量の長石をブレンドして膨張係数を調整し、意図的に氷裂を起こしやすい組成とすることで、全体に均質で細かな貫入を張り巡らせています。冷却後に茶褐色の色水を煮沸浸透させる“染み入れ”を施し、裂紋の輪郭を浮き立たせている点も見逃せません。これにより、茶盌を手に取った際に貫入が光を帯びて浮遊するような視覚効果が生まれています。
3.造形と意匠
姿は宋代・官窯系の「鷓鴣盞」を想わせる浅めの鉢形。見込みはほぼ水平に近い浅い曲面で、抹茶を点てる際に茶筅が底で跳ね返りにくく、柔らかな泡が均一に広がります。高台はやや絞りを効かせて低く削り出され、器体が静かに座る印象を与えつつ、掌との一体感を高めています。高台脇に淡紅色の「御本手」状の発色が見られるのは、還元から酸化へ移る頃合いに生じた鉄分の偏析痕で、古典的な景色へのオマージュともいえる演出です。
4.歴史的・文化的意義
青瓷は六朝期の越州窯に始まり、北宋の汝窯・官窯・龍泉窯で頂点を迎えたとされます。特に「雨過天青雲破処」の詩句で名高い汝窯青瓷は、日本の茶人たちに“雨上がりの空色”というロマンを喚起し、室町期以降の唐物茶道具畏敬の対象となりました。多賀井様の作品は、そうした宋青瓷への敬意をベースにしながら、現代の素材科学と焼成制御で“日本的な澄明”を実体化したものです。貫入を積極的に意匠化する手法は、鎌倉期に渡来した青瓷が日本で茶陶化する際に付与された“侘びの翻訳”とも響き合い、古典の再解釈として高い完成度を示しています。
5.茶席での見立て
淡青の釉肌は、濃茶では翡翠色の対比を、薄茶では泡の白とのコントラストを生みます。裂紋を通してゆっくりと茶が染み込むことで、数十服後には網目に柔らかな茶霞みが走り、使い手とともに“育つ器”としての魅力を深めていきます。客前で盌を廻す際は、口縁の鉄錆と裂紋の交点に光を当てると、夕映えの雲間に筋雲が浮かぶような景が立ち上がり、亭主の趣向を静かに語る一幅の絵となるでしょう。
6.鑑賞ポイント
釉層の深み — 光を透過させると厚釉ならではのミルフィーユ状層構造がわずかに観察でき、色の奥行きを感じ取れます。
氷裂のリズム — 規則性とランダム性が拮抗する裂紋は、掌で回転させるごとに表情を変え、茶席での所作を豊かにします。
鉄縁の変化 — 使い込むうちに鉄縁が艶を帯び、藍青との対比がさらに際立つ経年美を楽しめます。
本作は、多賀井正夫様が長年培ってこられた焼成技術と、美しい青に対する詩情が結晶した一碗です。宋代青瓷への敬慕を起点にしつつ、日本の茶の湯文化が求めた“用の侘び”を現代的に昇華させた点に、作家としての成熟が見て取れます。茶盌としての実用性と、時を重ねるほど深まる景色――この両立こそが、青瓷茶盌を茶席の華へと押し上げる所以でしょう。どうぞ末永く手許で育て、裂紋に滲むご自身だけの物語をお楽しみください。
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【陶器をご購入の際のお願い】
作品ごとに、出来るだけ詳細をご確認いただけるように画像を掲載しておりますが、ご不明な点はお問い合わせください。
作品の色合いなどは、画像を表示する環境により若干異なることがございますが、ご理解の程お願いいたします。
作品により貫入などによる、茶碗への染み込みが発生することがございますが、それも経年変化の味わいとしてご理解いただきますようお願いいたします。