翠緑茶盌 小川文齋
翠緑茶盌 小川文齋
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幅 : 13.0cm×13.0cm 高さ : 9.0cm
深き藍、翠に抱かれて ― 翠藍茶盌 六代 小川文齋(興) 作
六代 小川文齋(興)様によるこの「翠藍茶盌」は、外面の柔らかな翠緑の釉肌と、内側に秘められた深淵の藍との対比がひときわ印象的な作品です。器の外側は陽の光をたたえるように明るく、穏やかな緑が流れ、まるで風にそよぐ若葉のような爽やかさを漂わせています。しかしひとたび中を覗き込めば、そこには夜の海のような静寂と深みをもった藍が広がり、見る者の心をぐっと内面へと引き寄せていく――まるでひとつの器の中に、昼と夜、外界と内面、動と静が同居しているかのようです。
深き藍 ― 内に秘められた宇宙
この茶盌の内側に施された藍釉は、単なる「青」ではありません。深く、重たく、しかしどこか澄みきったその藍色は、静かに佇む水面や、夜空を映す湖、あるいは宇宙の深淵を思わせます。手に取ってのぞき込めば、まるで底知れぬ深海を眺めるように、吸い込まれる感覚すら覚えることでしょう。
釉の濃淡によって浮かび上がる微細なニュアンスは、光を取り込んで無数の表情を見せてくれます。ときに青鈍、またときに群青、瑠璃、藍墨といった色相を帯び、静謐な空気を纏いながら、茶の湯における“内観”の時間へと誘います。
この深い藍は、抹茶の緑と呼応し、茶の色をいっそう鮮明に引き立てます。点てられた茶が藍の空間に浮かぶその光景は、まるで翡翠の雫が宇宙に宿ったかのようで、視覚的にも、精神的にも、極めて詩的な体験をもたらしてくれるのです。
緑と藍の境界、意識の揺らぎ
外側の翠釉は、六代文齋様が長年探究してきた「緑色の美」の集大成ともいえるものです。釉薬の流れによって生まれた微妙な揺らぎや濃淡、焼成による淡い窯変が、自然の風景を映し出すかのように器肌に現れています。
そして、外側の翠から内側の藍へと続くグラデーションには、ただの色彩表現を超えた「意識の境界」が感じられます。見る者の視線を外から内へ、現実から内省へと導くように設計されたこの構成は、まるで一服の茶を通じて、自らの心を見つめ直すための「導きの器」であるかのようです。
このような造形美と精神性の融合は、単なる工芸を超えた美術的価値を持ち、現代における茶碗の在り方に新たな問いを投げかけています。
火と水の記憶 ― 高台から見えるもうひとつの表情
注目すべきは、高台部分に現れる焼成の痕跡です。藍釉が高台にまで流れ込み、まるで水のように滴るさまは、炎の中で揺らめく液体のようでもあり、陶という「土の芸術」が持つ原初的な魅力を再認識させてくれます。手作りならではの不均一な高台の表情には、窯の中で変化し続ける釉と火とのせめぎ合いが刻まれています。
翠と藍の共鳴 ― 平和と調和の象徴として
代々続く文齋窯の精神を継承しつつ、「争いをなくすために、美しいと思えるものを全力でつくる」という強い意志を込めて作陶を続けておられます。本作のように、穏やかな翠と深遠なる藍という二つの色が一つの器に融け合う様子は、そのまま“和”の思想を体現したものといえるでしょう。
緑と青――ともに自然を象徴する色が、火の力を借りて融合し、ひとつの器の中で調和を実現している。それは、異なるものが対立ではなく共存によって美を生む、という文齋窯の信念の表れでもあるのです。
日常に潜む深淵を手に取るということ
この「翠藍茶盌」は、ただ美しいだけではなく、日常の中にひとときの深淵をもたらす器です。静かに手に取り、茶を点て、藍の奥に自らの影を映す——その体験は、現代に生きる私たちにとって贅沢な内省の時間をもたらしてくれるでしょう。
翠と藍が織りなす一碗の中に、自然の風景、精神の深み、そして平和への祈りが凝縮されている――それこそが、六代 小川文齋様の芸術の真骨頂であり、この器を手にすることの意味なのです。
どうぞ、この唯一無二の「翠藍茶盌」を通じて、美と静謐、そして心の深淵と向き合う時間をお楽しみください。
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作品ごとに、出来るだけ詳細をご確認いただけるように画像を掲載しておりますが、ご不明な点はお問い合わせください。
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作品により貫入などによる、茶碗への染み込みが発生することがございますが、それも経年変化の味わいとしてご理解いただきますようお願いいたします。