伊羅保茶盌 小川文齋
伊羅保茶盌 小川文齋
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幅 : 12.0cm×12.0cm 高さ : 8.0cm
土の記憶を宿す肌 ― 伊羅保茶盌 六代 小川文齋(興)様 作
この「伊羅保茶盌(いらぼちゃわん)」は、六代 小川文齋(興)様が手がけられた、土と釉が織りなす力強い景色と、静かな佇まいが見事に調和した逸品です。口縁はやや歪み、胴部はふくよかにふくらみながらも、全体に控えめで品格ある構成を保ち、まるで大地そのものが器へと姿を変えたかのような、深い気配を湛えています。
伊羅保焼特有のざらりとした肌合いが器全体に行き渡り、自然光を浴びたときには、そこに微細な陰影が生まれ、まるで風が吹き抜ける山肌のような風情を見せてくれます。また、高台周りに素地を残すことで、土そのものの温もりが強く伝わり、釉と胎土とのコントラストが視覚的にも触覚的にも豊かな表情を生み出しています。
本作の大きな魅力は、内側に施された淡い青釉と外側の渋い伊羅保釉との対比です。見込みに宿る青は、まるで雨上がりの空のように澄み、器の内奥に静かな深みを与えています。外面の粗い風合いと内側の滑らかさが織りなす落差は、まるで荒れた大地に湧く清泉のように、見る者に驚きと安らぎを与えてくれるでしょう。
この茶盌は、侘びと寂びの精神を体現しつつも、どこか現代的な柔らかさも内包しています。手に持てば自然と指先が器の起伏をなぞり、口元に寄せれば、その温もりと重みがしっかりと伝わってきます。一碗のなかに、素材・形・釉・焼成のすべてが調和した、まさに「用の美」の真髄が息づいているのです。
伊羅保焼の歴史 ― 朝鮮の技と茶の湯の精神の融合
伊羅保焼(いらぼやき)は、もともと朝鮮半島に由来する焼物であり、16世紀末の文禄・慶長の役を機に渡来した陶工たちがもたらした技術と美意識によって日本各地で展開されました。特にその粗く、鉄分を含んだ胎土に、長石系の釉薬がかかることで生まれるざらついた質感は、侘茶を大成させた千利休の精神とも深く共鳴し、茶陶として広く愛好されてきました。
伊羅保の語源については、「入蘆(いろ)」あるいは「伊羅保(イラボ)」という朝鮮の地名に由来するとも言われますが、その明確な由来は今なお不詳です。それゆえに、どこか謎めいた響きを持ちつつ、茶人たちの間で「無骨な美」「荒さのなかに宿る格調」として珍重されてきたのです。
その精神を汲み取りながら、現代の文脈で再構築されたのが、この小川文齋様の伊羅保茶盌です。
文齋の系譜 ― 土と火の連綿たる継承
文齋窯の歴史は、1847年に九州で築窯技術を修めた初代 小川文齋(文助)様が、京都府木津川市・鹿背山の地にて開窯したことに始まります。一条家に認められ「齋」の字と家紋を賜り、その名を以て創業されました。1873年には明治維新の混乱を経て京都・五条坂に窯を移し、以降六代にわたり、一度も火を絶やすことなく京焼の系譜を紡ぎ続けてこられました。
とりわけ現当主である六代 小川文齋(興)様は、大学院で彫刻を学び、陶芸の基礎を一から修められた上で、五代の父・欣二様の精神と真正面から向き合い、緑釉を中心とした独自の世界観を築かれました。自身の思想として「美しいものは争いを遠ざける」と語り、平和と調和の祈りを一碗一碗に込める姿勢は、まさに現代における文齋の「精神的伝統」ともいえるでしょう。
茶盌に宿る詩情 ― “野”と“雅”のあわい
この伊羅保茶盌に湯を注ぎ、茶を点てるその瞬間、器は一変して動的な存在へと変わります。湯気が立ちのぼり、茶の緑が器の青と交わるとき、そこに広がるのは静かな詩情です。それは単に茶を飲む器ではなく、茶を介して自然と心をつなぐための“場”を生み出す道具であり、まさに茶の湯の本質そのものです。
粗さと静けさ、渋みとやさしさ。矛盾する要素が一碗の中で見事に溶け合うこの器は、文齋様が積み重ねてこられた探求と、受け継がれてきた美意識の結晶です。茶を愉しむたび、触れるたびに、新たな発見と気づきをもたらしてくれることでしょう。
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作品により貫入などによる、茶碗への染み込みが発生することがございますが、それも経年変化の味わいとしてご理解いただきますようお願いいたします。