黒釉遊月茶盌 諏訪蘇山
黒釉遊月茶盌 諏訪蘇山
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幅 : 12.1cm 高さ : 8.2cm
本作「黒釉遊月茶盌」は、四代 諏訪蘇山様が青磁とは一線を画す表現として、闇夜を象徴する漆黒の釉薬と、わずかに抑揚のある造形によって創出した、極めて静謐かつ精神的な美を湛えた茶盌です。「遊月」という命名が示すとおり、本作における“月”は、輝きを放つ満月ではなく、見えない新月――すなわち「見えざるもの」「欠けたもの」「満ちる予兆」を表現した詩的な器でございます。
黒釉の深淵――夜を器に写す技法
釉薬には鉄分を多く含む黒釉が施されており、黒と一口に言っても、その表情は一様ではありません。器面に現れたわずかな銀白の斑点は、焼成中に生じた窯変(ようへん)の名残であり、まるで星のように夜空に浮かぶ光の痕跡のようにも見えます。この点描的な輝きが、黒釉の単調さを避け、宇宙的な奥行きを演出しております。
また、光の角度によって表情が変化するこの釉調は、まさに「夜の色」とでも形容すべきものであり、闇の中に潜む静かな力を象徴するものです。青磁が“光を宿す器”であるならば、黒釉は“闇を抱く器”であり、その対比こそが蘇山様の創作世界の広がりを証明しております。
「凹み」に宿る月――“遊月”の命名意図
口縁の一部には、意図的にわずかな凹みが施されており、これが「遊月」の名の由来です。この凹みは単なる造形上のアクセントではなく、“月が雲間に隠れるさま”や、“闇夜にふと姿を現す細月”を想起させる、非常に詩的な演出です。欠けた月の姿を象りながらも、それは決して「不完全」を意味するのではなく、「変化する存在」「満ちてゆくもの」としての月の本質を示唆しているのです。
この凹みはまた、掌で器を持ったときに自然と指が触れるように設計されており、実用性と象徴性が絶妙に融合した美的設計でもあります。触れることで“月に触れる”という感覚が生まれ、茶席においても鑑賞の余韻を一層深めます。
茶道具としての機能美と精神性
この茶盌は、内面にも黒釉が施されており、点てた抹茶の緑がひときわ鮮やかに映える設計となっております。黒の中に広がる抹茶の緑は、まるで夜空に降り注ぐ草露のようであり、喫茶の一瞬に“自然と宇宙の詩”を封じ込める美意識が感じられます。
また、腰から高台にかけての柔らかな曲面は、手取りの良さと安定性を兼ね備えており、使用中に手に馴染む心地よさが際立ちます。使い手の感性と一体になることを目指した造形思想が、細部にまで息づいております。
黒と月の象徴性――東洋思想との接点
東洋において「月」は時に欠けるものとしての美、すなわち“完全でないものにこそ風雅が宿る”という哲学の象徴であり、一方「黒」は無限・包容・沈黙といった精神性の表現として用いられてきました。諏訪蘇山様の本作は、この両者を融合させることで、見えないもの・語られないものに美を見出す日本美学の極致を体現しています。
とりわけ、陰翳礼讃の思想と強く呼応する本作は、光が当たらなければ見えない、けれども確かにそこに存在する美を、器という形に昇華した試みでありましょう。
結語――闇の中の月を抱く器
「黒釉遊月茶盌」は、決して派手さや技巧の誇示を目的とした作品ではありません。むしろ、光の背後に潜む静寂や、欠けたものに宿る完全性を見つめる、深い精神性に満ちた器でございます。
闇夜に静かに浮かぶ月を想いながら、茶を点て、茶をいただく。そこには、現代において失われつつある“静けさ”と“美意識”が確かに息づいています。諏訪蘇山様が捧げるこの黒釉の世界は、月と闇をめぐる詩の宇宙へと、私たちをやさしく誘ってくれるのです。
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