翠緑一輪生 小川文齋
翠緑一輪生 小川文齋
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幅 : 8.0cm×8.0cm 高さ : 20.0cm
滴り落ちる翠 ― 翠緑一輪生 六代 小川文齋(興) 作
この「翠緑一輪生(すいりょくいちりんざし)」は、六代 小川文齋(興)様による、凛とした佇まいと豊かな色彩感覚が融合した作品です。筒状にすっと伸びた首と、ふっくらと膨らむ胴の造形は、まるで一輪の草花を迎えるために静かに息をひそめているような、慎ましくも力強い存在感を放ちます。
本作の見所は、首部から胴部へと流れ落ちる釉薬の動きです。文齋様の代名詞とも言える翠緑釉が、まるで山の雨垂れのようにしたたり、黒釉の胴部へと溶け込んでいく様子は、見る者に自然の摂理そのものを想起させます。緑がもたらす安心感、そして黒が秘める深遠な静けさ。その二つがこの器の中で見事に調和し、まるで“命が宿る場所”を象徴するかのような力強い世界を形成しています。
この一輪生に一輪の草花を挿せば、器と自然、静と動、意図と偶然が一つに交わり、空間に気韻が生まれます。たとえば、山野に咲く一輪の露草や、枯れた枝先の椿など、ありふれた植物ですらこの器の中では主役となり、凛とした生命の輝きを放つことでしょう。
歴史と系譜の重みを背負って生まれた造形美
この「翠緑一輪生」に込められた美意識と造形哲学は、文齋窯の長い歴史と深く結びついています。小川家がその始まりを告げたのは、江戸後期、1847年のこと。初代・小川文齋(文助)は九州で築窯技術を学び、京都府木津川市の鹿背山にて窯を開いた人物です。一条家に認められ、「齋」の字と家紋を賜ったことにより、“文齋”の名を戴いての創業となりました。
1873年には明治維新の混乱を乗り越え、京都へと拠点を移し、五条坂の地に窯を開きます。以来、六代にわたり陶磁器制作を連綿と続けてきた文齋窯の歩みは、日本陶芸史においても貴重な系譜といえるでしょう。初代の技と心を受け継ぎながら、時代ごとに美意識を更新し、京焼の新たな地平を拓いてきたこの窯の歴史は、本作の奥に静かに息づいています。
緑に込めた、平和への願い
六代目・小川文齋(興)様は、代々受け継がれてきた文齋の名とともに、その本質を問い直し、現代の文脈で“美”の再定義に挑んでいます。大学院で彫刻を学び、京都の陶工高等技術専門校や工業試験場で陶芸を徹底的に学んだ後、父・五代文齋のもとで作陶を始めました。2014年、正式に六代を襲名してからは、より一層“文齋らしさ”と“自分らしさ”の間で、表現の幅を深めています。
文齋様がとりわけ注力してきたのが、「緑色の探究」です。父が赤を多く使っていたのに対し、自身はあえて“緑”に魅せられ、そこに自分の精神性を託しています。緑は山の木々のように人を包み込み、安らぎを与える色。そして何より、「平和」の象徴でもあります。
その精神はこの「翠緑一輪生」にも確かに宿っています。翠釉の流れは、単なる技術や装飾ではなく、命の循環・人のつながり・自然との共生を象徴する、彼にとっての“祈り”なのです。黒釉の胴に滴り落ちる翠は、まるで現代の荒々しさを癒す清涼の雫。見る者の心にそっと寄り添い、言葉にならない感情をすくい取ってくれるような力を備えています。
花と器のあわいに生まれる詩情
一輪生とは、花を迎え入れるための器であると同時に、「間(ま)」を感じさせる造形でもあります。本作の凛とした立ち姿は、花を挿す前からすでに“完成された空間”を生み出しており、挿された花によってその世界がさらに多重的に広がっていくのです。無理に豪華な花を挿す必要はありません。野に咲く一輪の草花、あるいは枯れた枝さえも、この器のなかでは詩情を帯びて立ち上がるのです。
また、本作のフォルムは機能性にも優れています。胴部の安定感と首部の長さは、花の水持ちを良くし、活ける者の手に自然と馴染む設計になっています。その使いやすさは、単なる鑑賞陶ではなく“用の美”を重んじる京焼の真髄を体現している証でもあります。
美は世界共通の祈り ― 未来へとつなぐ“翠の系譜”
六代 小川文齋様の作品に一貫して流れるのは、「美しいものは、世界をつなぐ共通語である」という確信です。父が遺した赤の情熱を継がず、あえて緑にこだわったのも、争いを遠ざけ、人々が手を取り合う“輪”を願ったからこそ。そして今、彼が制作する一つひとつの器には、「芸術は平和の架け橋になり得る」という強いメッセージが込められています。
翠緑の釉は、見る者の心を解きほぐし、花の命を一層際立たせる。
それは“色彩”というよりも、“思想”であり、“祈り”なのです。
文齋窯――技と精神が受け継がれる場
文齋家は、1809年に加賀国に生まれた初代・文助から始まり、各地の陶業地を巡り、肥前有田にて築窯法を修めた後、京都の鹿背山にて窯を開いた伝統ある陶家です。江戸から明治、そして昭和・平成・令和へと、六代にわたり一度も火を絶やすことなく陶を焼き続けてきました。
戦争によって四代の後継を失った苦難を乗り越え、五代・欣二によって復興され、現在の六代・興によってその技と精神はさらに深化しています。国の登録有形文化財に指定された登り窯を守り、伝統を背景にしながらも、現代的な感性と表現力で新たな“用の美”を切り拓く姿勢には、創業以来の「革新と継承」の理念が今なお力強く息づいています。
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