蛍手ノ花器「緑風」 たにぐちちさと
蛍手ノ花器「緑風」 たにぐちちさと
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蛍手ノ花器「緑風」 たにぐちちさと様
サイズ(径×高):25.2 × 22.8cm
――「白磁の肌に、青緑の蛍手が風となって渡る。静けさの中に、涼やかな気配が満ちる花器」
Ⅰ この花器の第一印象――“円筒に風が走る”という清新な構図
本作《蛍手ノ花器「緑風」》は、白磁の端正な円筒形を基調としながら、その表面に青緑の細かな蛍手が帯状に広がる花器です。
まず目に入るのは、白磁の静かな白です。強く輝く白ではなく、光をやわらかく受け止める、少し湿度を含んだような白。その白い肌の上を、無数の青緑の点が風の流れのように横切っています。
器形は、あえて奇抜に崩されていません。円筒という簡潔なかたちを保つことで、たにぐちちさと様の特徴である美しい淡い色彩の連なりが、いっそう明瞭に見えてきます。つまり本作は、形の強さで押す花器ではなく、白磁の面に生まれる光、粒子、風の気配を見せる花器です。
径25.2cm、高さ22.8cmという寸法は、花器として十分な存在感を持ちながら、量感は重くありません。むしろ、白磁の明るさと青緑の軽やかさによって、空気を含んだような涼しさがあります。
Ⅱ 白磁の肌――沈黙を保つための“白”
この花器の白磁は、単なる背景ではありません。青緑の点を受け止めるための、静かな場です。
白磁の面はなめらかで、余計な装飾を避けています。大きな釉の流れや強い凹凸を置かないことで、点のひとつひとつが澄んで見える。白が静かであるほど、青緑の粒はかえって鮮やかに立ち上がります。たにぐちちさと様の作品における白は、冷たい白ではありません。清潔でありながら、どこか柔らかい。磁器の緊張感を持ちながら、茶室や床の間に置いたときに空間を硬くしすぎない白です。
この白磁の余白があるからこそ、「緑風」という題名が生きています。風は目に見えません。しかし、白い面に青緑の点が連なることで、見えない風の通り道が、器の上にふっと現れるのです。
Ⅲ 蛍手の点――装飾ではなく、光を宿す孔
本作の中心となるのは、器面に広がる細かな青緑の点です。
これらの点は、単なる絵付け文様ではありません。白磁の素地に小さな孔を穿ち、そこに色と光を宿すことで、器の表面に奥行きと透明感を与えています。ひとつひとつはごく小さな点ですが、それが集まることで、面全体にリズムが生まれます。
点は完全に均一ではありません。密度が濃いところ、淡いところ、列が強く見えるところ、やわらかくほどけるところがあり、そこに自然な揺らぎがあります。機械的な反復ではなく、手の仕事による呼吸が残っているのです。近くで見ると、緻密な作業の集積として見える。少し離れて見ると、水面の波紋や、風に揺れる草の粒、あるいは星図のような広がりに見える。この距離によって表情が変わるところに、本作の魅力があります。
Ⅳ 「緑風」の文様――青ではなく、緑を含んだ風
本作の点は、単なる青ではありません。水色、青緑、淡い緑を含んだ色調です。そのため、作品全体には冷たい印象だけでなく、若葉や初夏の空気のような瑞々しさがあります。題名の「緑風」とは、まさにこの感覚でしょう。風そのものではなく、緑を揺らして初めて見える風。白磁の肌の上に、そうした見えない動きが表されています。
外側の文様は、帯のように胴を巡りながら、場所によって大きく波打っています。中央に濃く集まる部分があり、そこから左右へ淡く広がる。風が一方向に吹くというより、器の周囲を回り込みながら、空気の層をつくっているようです。
さらに内側にも点の連なりが見えます。ここが非常に印象的です。文様が外側だけで完結しておらず、器の内へ入り込んでいる。花を挿したとき、茎や水の気配とこの内側の点が響き合い、花器全体に奥行きが生まれます。
Ⅴ 花器としての余白――花を受け止め、花を支配しない
この花器は、花を強く支配する器ではありません。
存在感はあります。しかし、形も色も過剰ではないため、花を挿したときに、花の線や色を自然に受け止めます。白い花、淡い紫の花、青葉、細い枝もの、あるいは一輪の草花にもよく合うはずです。
とくに相性が良いのは、軽やかな花材です。風に揺れるような枝、葉の線が美しいもの、淡い色の花。そうした花材を入れると、「緑風」という題名と花の動きが重なり、器と花がひとつの空気をつくります。
一方で、花を挿さずに置いても成立します。白磁の円筒、青緑の点、内外に続く文様。それだけで、すでにひとつの風景になっているからです。花器でありながら、オブジェとしての完成度も高い作品です。
Ⅵ 空間での表情――茶室にも、現代空間にも置ける涼感
本作は、茶室や床の間に置けば、非常に清らかな気配をもたらします。
白磁の静けさは茶室の陰影によく合い、青緑の点は自然光や灯りを受けて、控えめに浮かび上がります。派手に輝くのではなく、見る角度や光の当たり方によって、少しずつ表情を変える。その変化が、茶室の時間に合っています。
また、現代的な空間にもよく合います。円筒形の簡潔なフォルム、白磁のミニマルな佇まい、青緑の点によるグラフィカルなリズムは、現代建築やシンプルな室内にも自然に入ります。古典的な花器の重厚さではなく、軽やかで、静かで、少し未来的です。けれども冷たくはない。人の手によって孔が穿たれ、点が連なっているため、作品の奥に確かな温度があります。
Ⅶ 結び――風をかたちにした、静謐な白磁花器
《蛍手ノ花器「緑風」》は、白磁の静けさと、蛍手の青緑の点によって、目に見えない風を器の上に立ち上げた作品です。
点は模様でありながら、光でもあります。孔でありながら、呼吸でもあります。白磁の肌に広がる青緑の連なりは、水泡のようでもあり、波紋のようでもあり、星図のようでもある。しかし本作では、それらすべてが「緑風」という言葉へ収束しています。
強く主張する花器ではありません。けれども、静かに場を変える力があります。花を挿せば花の気配を澄ませ、花を挿さずに置けば、白磁の中に青緑の風が流れる。
たにぐちちさと様の蛍手表現が持つ、清潔感、軽やかさ、現代性、そして手仕事の緻密さがよく表れた一作です。白磁の余白に風が通い、青緑の点がその軌跡を残す。涼やかで、静謐で、詩情ある花器です。
略歴
1976 京都・東山に生まれる
1999 同志社大学法学部 卒業
2000 京都府立陶工高等技術専門校 修了
2001 京都市立工業試験場 修了
2002 清水保孝氏に師事
2010 ガラス制作補助
2019 陶芸を再開
2024 京焼・清水焼展 京都市長賞
2025 第12回陶美展 特別賞〈ギャラリー山咲木賞〉
2025 第17回現代茶陶展 TOKI織部大賞
現在 日本工芸会 正会員
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