白磁香器 松川和弘
白磁香器 松川和弘
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白磁香器 松川和弘作(径:15.4cm 高さ:8.9cm)
――「白の静寂に、香の道すじがひらく。三脚が宙へ浮かせる清浄のかたち」
Ⅰ 香器という見えない世界の器
香器は、香を焚くための道具である以前に、目に見えない香気の流れを“場”として整える器です。香は立ち上って消えるものですが、その一瞬の気配に、室礼の格、季節の移ろい、亭主の心遣いが宿ります。
本作「白磁香器」は、香のための機能を満たしながら、同時に置かれているだけで空間の密度を変える存在感を備えています。白磁の沈黙が周囲の色や質感を受け止め、香が立つ前から“静けさの支度”が始まるのです。
Ⅱ 白磁の美――“白”は最も雄弁で、最も禁欲的
2-1 白の奥行き:光をためる磁肌
本作の白は、ただ均一に明るい白ではありません。磁肌が光を柔らかく拡散し、面の勾配に応じて陰影がすっと移ろうことで、静謐さの中に微細な奥行きが生まれています。白磁は色彩の情報が少ない分、形と肌のわずかな差異がそのまま表情となります。松川和弘氏は、白を“無色”として扱うのではなく、光の質を設計する素材として捉え、豊かな静けさを器上に結晶させておられます。
2-2 口縁に現れるごく淡い景色
口縁付近にほのかに現れる淡い景色(焼成由来の揺らぎ)は、白磁の緊張を保ちながら、器にわずかな温度を与えています。完全な無垢ではなく、ほんの一筋だけ炎と手の痕跡が残る。その“わずかな揺れ”が、香器という道具にふさわしい侘びの余情を立ち上げます。
Ⅲ 造形と意匠――香の通り道を“かたち”にする
3-1 三脚が生む浮遊感:清浄のための構造
本作の特徴は、三脚によって器体がわずかに持ち上がり、床面から離れる点にあります。これにより香器は視覚的にも機能的にも“清浄な層”を獲得します。香の気配は、低いところから静かに立ち上がるほど美しい。三脚は単なるデザインではなく、香を焚く行為に必要な上昇の物語を器体に与えています。
3-2 火舎(ふた)の透かし:香が“整って”立つために
見込みに収まる火舎には、放射状の透かしが設けられています。香は強く噴き上がればよいのではなく、静かに、しかし確かに、均質に立ち上がることが重要です。透かしのリズムが香気の流れを整え、香が空間に広がる速度と濃度をやわらかく調律します。香の“通り道”そのものを意匠として提示した構成と言えるでしょう。
3-3 摘みの造形:一点の上向きが、全体を引き締める
中央の摘みは、芽や雫を思わせる小さな突起として立ち上がり、白い世界の中に“上向きの意志”を与えています。この一点があることで、器体の広がり(水平)と、香の立ち上り(垂直)が結ばれ、香器としての意味が視覚化されます。
Ⅳ 歴史との響き合い――白磁の系譜と、茶の湯の「白」
白磁は、中国陶磁史において清浄・高雅の象徴として確立され、日本でも茶の湯の中で独自の位置を得てきました。白は派手さではなく、空間を整える力として機能します。黒が緊張を生み、白が呼吸を与える——道具組の中で本作は“余白の主役”になり得ます。香が立ち上る前から、すでに場が澄む。その澄み方こそが、白磁の美学です。
Ⅴ 作家について――松川和弘 略歴・展覧会歴・受賞歴
松川和弘氏は、奈良芸術短期大学で陶芸を学ばれ、京都府立陶工高等技術専門校修了後、近藤高弘氏に師事されました。2006年に独立し、河内長野市にて開窯。以降、百貨店・美術館を含む個展歴を重ね、第55回日本伝統工芸展にて日本工芸会総裁賞を受賞されるなど、確かな評価を築いてこられました。白磁という最も誤魔化しのきかない素材で、形の精度と用の合理を研ぎ澄ませる姿勢が、本作にも端正に息づいています。
略歴
1977 大阪府河内長野市生まれ
1998 奈良芸術短期大学陶芸コース卒業
2000 奈良芸術短期大学専攻科修了
2001 京都府立陶工高等技術専門校修了
近藤高弘氏に師事
2006 独立・河内長野市にて開窯
主な個展・展覧会
2007 京都府美術工芸新鋭選抜展(京都文化博物館)
二人展(松坂屋名古屋店美術画廊/名古屋)
個展(京都高島屋美術工芸サロン/京都)
2008 個展(カンパニュール/千葉)
個展(パラミタミュージアム小ギャラリー/三重)
2009 個展(ギャラリーエスパス/名古屋)
2010 個展(札幌三越美術ギャラリー/北海道)
個展(松坂屋名古屋店美術画廊/名古屋)
個展(アルパーク天満屋美術画廊/広島)
2011 個展(陶器ギャラリー風露/大阪)(’07)
2012 個展(ギャラリーおくむら/東京)(’07 ’09)
2013 個展(ラブリーホール開館20周年記念事業/大阪)
2014 個展(天満屋広島八丁堀店アートギャラリー/広島)(’11)
2016 個展(天満屋福山店アートギャラリー/広島)(’08 ’12)
三人展(博多阪急ミューズ/福岡)
2017 個展(ピナコテーカ/東京)(’14 ’15)
個展(天満屋岡山店美術ギャラリー/岡山)(’08)
個展(アトリエヒロ/大阪)
2018 個展(日本橋三越本店美術ギャラリー/東京)
個展(髙島屋大阪店ギャラリーNEXT/大阪)(’08 ’11 ’15)
2020 個展(花あさぎ/東京)
2021 個展(ギャラリーたちばな/奈良)(’15 ’17 ’19)
2022 二人展(花あさぎ/東京)
2023 二人展(アトリエヒロ/大阪)
2025 二人展(花あさぎ/東京)
個展(緑ヶ丘美術館/奈良)
受賞歴
第36回日本伝統工芸近畿展(大阪府教育委員会賞)
第55回日本伝統工芸展(日本工芸会総裁賞)
パブリックコレクション
緑ヶ丘美術館
まとめ
白磁香器 松川和弘作は、香を焚くための機能美と、白磁の静けさを極限まで研ぎ澄ませた逸品です。三脚が生む浮遊感、火舎の透かしが整える香気、そして白が空間を澄ませる力。茶席に据えるだけで、香の気配のみならず、場そのものが静かに整い、客人の感覚をそっと開いてくれることでしょう。
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