芸術生成論1『画説覚書』
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このブログでは主に陶器について書く予定ですが、できれば芸術全般について試論を展開したいと思います。しかし、日本の美術においては体系的に何かを語るということを極端に避ける傾向があったように思います。
古くは、千宗左編『元伯宗旦文書』にも、「物事は書いて伝えるのは良くない」と明記されていました。
私もお茶の稽古をしている中で、稽古中にメモをとることは禁じられていました。
稽古の後に日記のように何かを書き留めておこうと思ってもすぐに忘れてしまいますね。
それでは、美術論がいつからはじまったのかといえば、日通による『画説』をあげる研究者も多いですが、それに先行して、『君台観左右帳記』があります。
これは、能阿弥や相阿弥が記録したものの伝書であり、茶道具についての言及もあるが、全体の関心は、将軍の書院をどのように飾り付けるのかが中心にあります。
『君台観左右帳記』は、150を超える写本や刊本があるが原本はありません。
そのことを考えると、『画説』は本法寺に原本が残っているのですから、その価値はとても重要であると思います。
等伯54歳、日通上人43歳頃の記録です。昭和7年1月『美術研究』創刊号に掲載されるまで、その存在は知られていなかったようです。
1572年ごろに上洛したとされる長谷川等伯は、表千家の利休の肖像を描いています。
仏画の絵師として出発ましたが、才覚は飛びぬけていたのでしょう。
その画力は公家の間でも評判が良く、ついに勧修寺晴豊の元に狩野永徳親子が訪れて
「もう等伯に描かせるのは止めてほしい」と直談判したぐらいです。
ところで、当時の絵師は法華の人が多かったという事実があります。当時の法華は多宗派の人との結婚が許されないなど厳しい戒律があったようですが、法華に画才が集まるのは何か意味があったのでしょうか。
日通の父は油屋常金であり、堺の有名な茶道具商のようでした。
この油屋常金について、古い本を手繰ってみるのですがあまり詳しい情報は得られませんでした。
長谷川等伯は、自身を「雪舟五代」と名乗っていたようです。
長谷川等伯『日蓮聖人像』(大法寺蔵)
雪舟が日本美術史において珍重されるのも、初めて中国に渡って画家として認められた日本人だからです。
雪舟 天橋立図(京都国立博物館蔵)
しかし、『画説』から引用すれば、日本の美術史は如拙を起源としています。如拙⇒宗文⇒雪舟となります。
瓢鮎図 如拙 紙本墨画淡彩 111.5 x 75.8 cm 室町時代(15世紀)退蔵院
さらに宗文には5人の弟子がいて雪舟、能阿弥、小栗宗丹の3名が有名です。
能阿弥⇒芸阿弥⇒相阿弥となり、宗丹⇒狩野元信となります。
宗文の最大の価値は雪舟の師であったことが強調されますが、狩野派の起源にも遡れるのです。
狩野元信(1477?~1559)にとって、中国の画家のスタイルを再現できることが大事であったようです。
初期の狩野派は文化人に教養を与えるために、真(馬遠、夏珪、孫君沢)、行(牧谿)、草(玉澗)を描き分けてみせました。
「漢にして和を兼ねる」という言葉にあるように、その後、狩野派は新たな画境を築いていきます。
能阿弥は絵師であり、水墨画の技術も卓越していたが、重要な仕事は中国から来たお宝の管理をすることでした。能阿弥はその管理に長けていたので重宝されました。とりわけ茶道具、唐物の取り扱いを熟知していたようです。
能阿弥 蓮図 (正木美術館) 一幅 紙本墨画 重要文化財 自詠和歌と75歳の款記が見えます。
ところで、山水画の最良の理想とは何でしょうか?
日本では牧谿や玉澗といった湿り気を帯びた作品が人気ですが、
中国では郭煕の「早春図」を理想とするようです。
とても濃厚で、迫力がありますね。
中国絵画には、最上級を神品、次に妙品、その次に能品と呼ぶようですが、
まさに、神品です。
では、この等伯画説の最も頻繁に言及されている箇所がどこかといえば、おそらく、「しづかな絵」という評に感心するところだと思います。
これは1592年4月26日、堺の水落宗恵が京都本法寺の日通上人を訪れた際、上人は所蔵の梁階の「柳に鳥」の絵を見せると「ああ静かな絵で御座いますね」と称賛しました。この言葉を聞いた日通上人は、わずか一言の批評ですが、「おもしろい褒めようだ」と感心したようです。このとき、傍らにいた等伯も「雪は静かなものであるからもっともなことである。このことから思うに、静かな絵、忙しい絵などと心して実感すべきこと。玉澗の瀟湘八景図の瀟湘夜雨・煙寺晩鐘などは静かな絵である。山市晴嵐は忙わしいものである。総じて雨月などは静かなものである」と等伯が付け加えたようです。
郭煕の「早春図」は勢いのある絵ですが、日本人には静かな絵が心に寄り添い、共感が生まれると思います。
私の西村一昧という号は、松平不昧に由来しますが、しばらくは日通の『画説』を丁寧に読んでみたいと思います。