芸術生成論22「抹茶」
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抹茶とは──日本が育んだ粉末緑茶の真髄
抹茶は、近年海外でも「MATCHA」として親しまれ、スイーツやドリンクなど様々な形で楽しまれるようになりました。しかし、「抹茶」と呼ばれるものの中には、実際には“覆下栽培”や“揉まない製法”を経ずに作られた粉末茶も数多く流通しています。今回は、本来の抹茶がどのように定義され、どんな特徴を持っているのか、その栽培方法から歴史的背景までをじっくりとご紹介します。
第一章:抹茶の定義──“覆下栽培”“揉まない製法”が必須
抹茶とは何か。この問いに答える際、最も重要なのが“覆下(おおいした)栽培”と“揉まない製法”の2つです。公益社団法人日本茶業中央会が定める「緑茶の表示基準」によると、抹茶は以下の条件を満たす必要があります。
- 日光を遮断した状態(覆下栽培)で育てた茶葉を使用すること
- 茶葉を蒸した後、揉まずに乾燥させた「碾茶(てんちゃ)」を原料とすること
- その碾茶を石臼または粉砕機等で微粉末にしたものであること
日光を遮ると、茶葉は“苦味のもととなるカテキン類の生産が抑制”され、“甘み・うま味のもとであるテアニンなどのアミノ酸”が豊富に蓄積されます。また、覆下栽培により茶葉のクロロフィル(葉緑素)が増え、美しい濃緑色になることも特徴です。
ISOの国際規格でも明文化
さらに、2023年に発行された国際標準化機構(ISO)でも、抹茶は「中国種(Camellia sinensis var. sinensis)の茶樹を日陰で栽培し、蒸熱後に揉まずに乾燥させた碾茶を粉砕して作る粉末緑茶」と定義されました。
つまり、世界的な視点から見ても、抹茶は「日陰栽培+蒸熱+揉まない乾燥(碾茶)+微粉砕」が必須条件であると改めて認められているのです。
第二章:本来の抹茶と、それ以外の“粉末緑茶”の違い
抹茶(まっちゃ) 作り方: 覆い(おおい)と呼ばれる方法で日光を遮って育てた茶葉を蒸して乾燥させた「碾茶(てんちゃ)」を、石臼や粉砕機で細かく挽いたもの。揉む工程がないのが特徴です。味・香り・色: 強い旨味と鮮やかな緑色、海苔のような独特の香り(覆い香)が特徴です。渋みは少なく、まろやかな味わいです。用途: 茶道で使われるほか、お菓子や飲み物などにも使われます。ポイント: 抹茶は、特別な育て方と製法で作られた、高級な粉末緑茶と言えます。
粉末茶(ふんまつちゃ) 作り方: 煎茶や玉露を作る工程で、揉んだ茶葉をそのまま粉砕したもの。味: 覆いをしていない茶葉も混ざっていることが多いため、抹茶に比べて渋みや苦味が出やすいです。用途: 抹茶の代用品としてお菓子作りなどに使われることがあります。ポイント: 抹茶に比べると手軽に作れるため、価格も比較的安いです。
粉茶(こなちゃ) 作り方: 煎茶や玉露を作る途中で、こぼれ落ちた細かい茶葉(粉状の部分)を集めたもの。用途: 急須で淹れて飲むことが多く、寿司屋の「あがり」としてよく使われます。ポイント: 煎茶や玉露の副産物のようなもので、比較的安価です。
インスタントティー 作り方: 茶葉から成分を抽出した液体を濃縮・乾燥させて、再び固形にしたもの。特徴: 水に溶けやすく、手軽に飲めます。ポイント: お湯を注ぐだけで簡単に飲めるのが特徴です。味や香りは他のものに比べて劣ります。
「本来の抹茶」は特別な製法で作られた最高品質の粉末緑茶
これらの粉末緑茶の中で、「本来の抹茶」と呼ばれるものは、手間暇をかけた特別な製法で作られているため、味・香り・色の質が際立っています。つまり、抹茶は他の粉末緑茶とは全く違う、特別な飲み物なのです。
第三章:抹茶が生まれるまで──栽培・製造の流れ
抹茶の製造工程は、大きく分けると「覆下栽培→生葉の蒸熱→碾茶製造→石臼挽き」の4ステップです。いずれも手間と技術を要するため、質の高い抹茶ほど高価になる傾向があります。
1. 覆下栽培(おおいしたさいばい)
- 期間:新芽の摘採(てきさい)2~3週間前から
- 方法:茶畑に寒冷紗(かんれいしゃ)やわら、よしずなどをかぶせ、光を95%以上カットする(棚がけ被覆など)
- 効果:クロロフィルが増して緑色が鮮やかになり、テアニンなどのアミノ酸(旨味成分)が多く残る
2. 蒸熱(じょうねつ)
摘採したばかりの生葉は、すぐに“蒸し”の工程へ。酸化酵素を失活させ、茶葉の“発酵”を防ぐと同時に、青くささを取り除いて色・香りを保ちます。
- 蒸し時間:10~15秒程度(目安)
3. 碾茶(てんちゃ)の製造
蒸した茶葉を素早く“冷却散茶”し、その後「碾茶機(てんちゃき)」で乾燥。
- 揉まずに乾燥:茶葉の形が広がった状態で乾燥するため、葉脈や茎などを選別で除去しやすい
- 碾茶の完成:ここまでの状態では、まだ“葉の形”が残っている
4. 石臼挽き・粉砕
最終工程では、碾茶の柔らかい葉肉部分のみを選び取り、石臼で挽いて微粉末化します。
- 石臼の回転数:1分間に50回前後と非常にゆっくり
- 粒度:5~20ミクロンほどで、舌触りの良いまろやかな仕上がり
- 熱の影響:摩擦熱を抑えつつ、ゆっくり挽くことで香りと味を損なわない
こうした工程を経て完成したものが“本来の抹茶”なのです。
第四章:抹茶の味・香り・色の秘密
味:旨味と甘みのハーモニー
抹茶の美味しさは、旨味と甘味が重なり合って生まれます。特に、覆下栽培(茶葉を覆って日光を遮る栽培方法)で育てられた茶葉は、アミノ酸が豊富に蓄積されるため、苦味が抑えられ、甘くまろやかな旨味が際立ちます。高級抹茶になると、渋みをほとんど感じないほどです。例えるなら、上質な抹茶は、甘いお出汁のような、または海苔の佃煮のような、奥深い味わいです。
香り:覆い香(おおいか)
抹茶を点てたときに立ち昇る、海苔のような、あるいは青のりのような、独特の香りを「覆い香(おおいか)」といいます。これは、ジメチルスルフィドなどの成分に由来するもので、抹茶ならではの爽やかで清涼感のある香りです。この香りが、抹茶の風味を一層引き立てます。
色:鮮やかな濃緑色
覆下栽培によって、茶葉に含まれるクロロフィル(葉緑素)が増加し、抹茶の色合いは濃く深くなります。良質な抹茶ほど、光沢のある、鮮やかで美しい緑色を保ちます。抹茶の緑色は、生命力や新鮮さを象徴し、見た目からも美味しさを伝えます。
第五章:抹茶の歴史──茶の湯とともに日本で独自進化
抹茶のルーツを辿ると、古代中国の唐~宋における“末茶(まっちゃ/モチャ)”に行きつきます。しかし、中国では明代以降、散茶(葉茶)を煎じて飲むスタイルが主流となり、末茶は衰退。一方、日本では僧侶の栄西が茶の種を持ち帰り、独自の製法を模索する中で“碾茶”が開発され、やがて石臼挽きの抹茶文化が定着しました。
- 室町時代 … 覆下栽培が徐々に確立
- 安土桃山時代 … 千利休の侘び茶思想が広まり、濃茶・薄茶の点前が体系化
- 江戸時代 … 「御茶壺道中」で将軍家や各大名への献上茶が行われ、高級茶としての地位を確立
やがて明治時代に入ると海外からの紅茶文化が流入しましたが、日本国内では茶道の精神性と結びついた“抹茶”が根強く愛され、21世紀の今日では世界中から注目を集めるようになりました。
第六章:現代の抹茶──多様化する用途と国際的評価
1. 茶道だけにとどまらない、多彩な抹茶の楽しみ方
- 飲料・スイーツ:抹茶ラテ、抹茶アイス、抹茶チョコレートなど
- 料理:抹茶塩、抹茶の衣を使った天ぷら、パスタソースの彩りなど
- カクテル・リキュール:茶筅を使い、バーで点てる抹茶カクテルも人気
世界的な健康志向の高まりや、日本食ブームとあいまって“MATCHA”という言葉は国際市場でも広がり続けています。
2. 国際標準化への動き
実際には、覆下栽培や蒸し工程を経ず“粉末茶”として流通している商品も存在し“抹茶”の名が曖昧に使われる課題が顕在化。そこで、日本の茶業団体や農研機構(NARO)が中心となり、ISOの国際規格で抹茶の定義や品質基準を明文化されました。この動きにより“本来の抹茶”の価値が正しく認知され、市場が健全化されることが期待されています。
まとめ
抹茶は、単なる「緑茶を粉末にしたもの」ではなく、「覆下栽培」と「揉まない製法」で仕上げた“碾茶”を石臼や粉砕機で挽く」という手間を惜しまない工程から生まれる、特別な存在です。
- 覆下栽培により甘くまろやかなテアニンを蓄え
- 蒸熱と揉まない乾燥によって抹茶特有の香味を引き出し
- 石臼挽きで滑らかな舌触りと深みのある味わいを実現する
このような厳格な製法を経てこそ“抹茶”と呼ばれるため、本物の抹茶と“ただの粉末緑茶”には大きな違いがあります。飲み比べをすると、その旨味・香り・色の美しさに驚かれることでしょう。また、抹茶は茶道の精神性と結びつきながら日本独自の文化を形作ってきた歴史もあり、今では国境を越えて広く支持される“日本発のプレミアム茶”として高く評価されています。
もし「抹茶をもっと楽しみたい」と思ったら、まずは本来の定義や製法を押さえてみてください。ラテやスイーツだけでなく、伝統的な“薄茶”や“濃茶”を味わってみたり、石臼挽きの抹茶を入手して自分で点ててみたりすると、一杯の抹茶に込められた奥深さを、よりいっそう感じられるはずです。日本が世界に誇る“抹茶”の真髄を、ぜひじっくり味わってみてください。