芸術生成論20「主菓子の魅力」

茶の湯というと、まず思い浮かぶのは茶室の静謐な空間や抹茶のお点前です。さらに、たどり着くべき境地は侘び寂びなのかもしれません。けれども、深く味わう上で見逃せないのが「主菓子(おもがし)」の存在です。茶室に足を踏み入れ、身をかがめて躙口から入室したあとにいただくひと口の甘み──それは、茶の湯の空間美をさらに際立たせ、心を和ませる大切な要素になっています。今回はこの「主菓子」の世界に注目し、茶室の空間や侘び寂びの精神性ともあわせて、その魅力を紐解いてみたいです。

第一章:主菓子とは何か

茶の湯で用いられるお菓子には大きく分けて2種類あります。一つは薄茶に合わせる「干菓子(ひがし)」、もう一つが濃茶に合わせる「主菓子」です。

  • 主菓子: 薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)やきんとん、餅菓子など、水分を多く含んだ生菓子や半生菓子。別名「上生菓子(じょうなまがし)」と呼ばれることもあるように、茶席では最も格式が高いとされています。

  • 干菓子: 落雁(らくがん)や煎餅、有平糖(あるへいとう)など乾燥させたお菓子がメイン。軽やかな甘みとパリッとした食感が特徴です。

侘び寂びの空間において、主菓子が担う役割は“濃茶の深い味わいを引き立てる”ことにあります。主菓子の豊かな甘みが舌に広がったあとにいただく濃茶は、まるで茶室の薄暗がりの中で光がほのかにゆらめくような特別な存在感を放つのです。


第二章:茶室の侘び寂びと主菓子の調和

前回、茶室がただの建築物ではなく、侘び寂びの精神を体現する特別な空間であることを書きました。質素な土壁や竹の柱、低い天井、そして薄暗い光。それらすべてが“何もない”ようでいて、実は深い美をはらんでいます。
この空間に主菓子がそっと差し出されるとき、色鮮やかな上生菓子の姿は暗がりの中でひときわ映えます。たとえば、きんとんの淡い色彩や、薯蕷饅頭のふっくらとした白──そうした自然の美しさは、質朴な茶室の中でいっそう際立つのです。
茶の湯では、「茶室の四隅さえも一つの作品」と言われるほど、細部まで意識が行き届いています。そこに季節感豊かな主菓子を添えることは、まるで床(とこ)の掛け軸を取り替えるのと同じくらい、空間全体の印象を変化させる大切な“演出”なのです。


第三章:主菓子と道具の取り合わせ

茶室の侘び寂びを語るうえで、欠かせないのが茶道具の存在です。躙口をくぐって客が最初に目にする床の間、そこに掛けられる軸や花入れ、茶碗、茶杓など──すべてに趣向が凝らされているように、主菓子をいただくための道具にも細やかな美意識が注がれています。

縁高(ふちだか)

主菓子を盛る重箱形の器。蓋の上には、客人数分の黒文字(くろもじ)という楊枝が水で清められた状態でのせられます。漆塗りの縁高の漆黒に、やわらかな和菓子の色合いが美しく映える瞬間は、茶室の静かな照明のもとでこそ一層魅力を放ちます。

菓子鉢(かしばち)

陶磁器やガラス製、漆器など、多彩なバリエーションが存在します。色絵や金彩が施された豪華なものから、無地の一輪挿しのようにシンプルなものまで、茶会のテーマや季節に応じて使い分けられます。

干菓子器(ひがしき)

干菓子を盛る際には漆器や木地、金属製など様々な器が使われますが、主菓子の器とはまた違う“軽やかさ”を演出することが多いのが特徴です。

主菓子は“菓子”という形ではありますが、茶の湯においては花入れや掛け軸と同様に「空間を彩る道具の一つ」として考えられます。見た目の美しさだけではなく、その器や取り合わせる道具との絶妙なバランスが大切なのです。


第四章:四季を映す主菓子の楽しみ

茶室が四季折々の風情を取り入れるように、主菓子もまた季節感を存分に映し出します。梅や桜をかたどった薯蕷饅頭、菖蒲や紫陽花をイメージした練り切り、涼しげな透明感のある水菓子──それぞれの季節に合わせて、職人たちは巧みな技でもって華やかな情景を表現します。

  • : やわらかなピンクや若草色を使い、花の蕾をかたどったきんとん。
  • : 寒天や葛(くず)を使ったみずみずしいお菓子で、涼感を演出。
  • : 紅葉や栗をモチーフにした練り切りや薯蕷饅頭で、実りの季節を表現。
  • : 雪景色に見立てた真っ白な大福や上用饅頭が、寒さのなかの静けさを思わせる。

茶の湯の世界では、こうした主菓子の見た目や味わいだけでなく、銘(めい)と呼ばれる名前にも注目する習慣があります。風情あふれる銘は、短い言葉で季節の情緒や物語を伝えてくれるもの。茶室という小宇宙の中で、主菓子は季節の移ろいを“甘いひと口”に凝縮して伝えてくれるのです。


第五章:主菓子が生み出す「間」と「もてなし」

濃茶をいただく前に主菓子を味わうことは、単に「甘みでお茶の苦味を和らげる」という実利的な側面だけではありません。そこには、茶会の流れにおける“間”が存在しています。
茶室に入室した緊張感や畏まった空気のなか、まずは菓子をいただくことで心をほぐし、五感をリラックスさせる時間を作り出しているのです。これは、客に対する亭主の“もてなし”でもあります。茶の道具が織りなす静けさと、主菓子の柔らかな甘み。対照的な要素が同居することで、茶室の時間がより濃密で豊かなものへと昇華していくのです。

 

茶室の侘び寂びや質素な美の世界を楽しむうえで、「主菓子」は欠くことのできない彩りを添えてくれます。一見すると、ごく小さな生菓子や饅頭にすぎないようにも思えますが、実際には茶席の流れを司り、季節の情緒を伝え、空間にやさしい活気をもたらす重要な存在なのです。茶の湯とは「空間」がすべてを包み込む総合芸術です。その中で主菓子は“舌で味わう芸術”として、花や掛け軸のように私たちの感性を揺さぶってくれます。ぜひ実際の茶会や和菓子店で、季節の上生菓子と向き合い、その甘みに潜む四季の心や侘び寂びの余韻を楽しんでみてください。茶室だけでなく、主菓子そのものが語りかけてくるメッセージも、茶の湯の深い魅力の一部だと思います。

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