松川和弘様の世界
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松川和弘様の世界
Ⅰ 澄むという強さ──青白磁の静けさが立ち上がる瞬間
松川和弘様の青白磁に初めて出会ったとき驚かされるのは、陶器の器そのものというより、美しさが音もなく空気を変える力です。
器の前に立つと、視線がすっと整い、呼吸が深くなります。過剰な装飾で語るのではなく、澄んだ青と端正な面の連なりが、こちらの心を静けさへ導いていく。松川和弘様の作品にはそうした秘めた美があります。
青白磁は、白磁の清潔さを基礎に持ちながら、光の条件で淡い青みが立ち上がる釉調です。白でもなく、青でもない。言い換えれば、色というよりも水の層です。
その水の層が、器の内側に余白を生み、外側に輪郭を与え、手の中で静かに温度を保ちます。青白磁は、見るたびに同じ顔をしているようで、実はまったく同じではありません。朝の自然光と夜の灯りでは、青が変わります。季節の湿度でも印象が変わる。つまり、青白磁は「固定された色」ではなく、時間とともに移ろう現象なのです。

Ⅱ 四季とともに生きる半農半陶──土づくりと作陶は、同じ思想から始まる
松川和弘様は大阪府河内長野市にて、青白磁を中心に作陶されながら、ご実家の田畑で農業も兼業する「半農半陶」の作家です。
陶芸も農業も、土・水・火・風といった自然の力を借りて成立する営みです。
人の力の及ばない領域が大きいからこそ、作り手は手を尽くします。自然を支配するのではなく、自然に対して誠実であることが大事です。
松川和弘様の作品がたたえる静けさは、まさにこの態度から生まれているように思います。四季の国に生きる私たちにとって、半農半陶の営みは、忘れがちな大切さをそっと思い出させてくれます。

Ⅲ 学びの軌跡──生きたろくろが、器に呼吸を与える
松川和弘様は奈良芸術短期大学で陶芸を専攻し、在学中は陶器のオブジェなども制作されていました。修了後、京都府立陶工高等技術専門校に通い集中的に学ばれます。
そして恩師の縁もあり、京都の陶芸家・近藤高弘氏に師事されました。近藤高弘氏は、染付の人間国宝・近藤悠三氏を祖父にもつ陶芸一家に生まれ、ジャンルを横断する独自の表現が国内外で高い評価を受けています。松川和弘様もまた、陶器・磁器の枠にとどまらない現代芸術の視野を、近藤高弘氏のもとで磨かれたのです。
師からは、オリジナリティの重要性や顧客との関係性など、作家としての在り方を説かれたといいます。ろくろについても「堅い」、すなわち無個性になっていると指摘され、作品の個性を生み出す生きたろくろを挽くよう教えられたそうです。
この言葉は非常に示唆的です。形が整っているだけでは足りない。器が息をしているか。静けさの中に、わずかな揺らぎや伸びやかさがあるか。松川和弘様の器が凛としていながら冷たくないのは、この生きたろくろの思想が、骨格として生きているからだと感じます。
修業の終盤に青白磁制作を開始し、2006年に29歳で独立。独立から間もなく、日本伝統工芸展で最高賞にあたる日本工芸会総裁賞を受賞され、以後、フォルムとデザインの調和を突き詰めながら制作を続けておられます。
Ⅳ 造形の言語──円を切り、面を立て、緊張にやわらかさを混ぜる
松川和弘様の青白磁は、端正で伸びのある円形の器を、四角や三角にカットしたシャープなフォルムが印象的です。
しかし、そのシャープさは攻撃的ではありません。口辺の一部を切ることで、器は方向性を持ちます。光は、面で受けられ、陰影が生まれます。緊張感が生まれる。
その緊張が、青白磁の柔らかな釉調によって中和され、結果として、凛とした佇まいの中に、ほのかな動きが宿ります。
釉の厚みのわずかな変化が、青の濃淡を生みます。このわずかな差こそが、松川和弘様の世界の核です。大きく語らない。けれど確実に深い。まるで水面に落ちた一滴の波紋のように、静かに広がっていきます。

Ⅴ 緋流(ひりゅう)──青の中を走る、もう一つの時間
松川和弘様は、緋色が流れる作品を改めて「緋流(ひりゅう)」と名付け、コンセプトをより明確に打ち出されました。
青白磁の澄み切った静けさの中に、緋が“流れ”として現れるとき、器の時間は一気に多層になります。青は空気の静けさをつくり、緋は熱の記憶を残す。
水と火。冷と熱。静と動。
相反するものが同居し、互いを抑え合いながら、器の中に物語の芯が立ち上がります。
Ⅵ 銀彩というもう一つの表現──光を抱く肌、沈黙の金属
近年、松川和弘様の世界を語るうえで欠かせないのが、銀彩です。
銀彩は単に「銀色の装飾」ではありません。光を反射する金属の華やかさではなく、むしろ光を吸い、拡散し、沈黙の中で気配を増す表現です。
甘木道でご紹介している作品群にも、銀彩が見事に生かされています。
たとえば、青白磁と銀彩を明快に切り替えた陶筥(とうばこ)。立方体の端正な構造の中で、青白磁は澄んだ面となり、銀彩は肌理の面となります。
また茶碗では、銀彩を胴に帯として巡らせることで器に輪郭の厚みを与えたり、逆に口辺に銀彩を置くことで“縁そのものの気配”を強めたりと、配置によって茶碗の性格が変化します。
銀彩の良さは、角度によって白く上がったり、鉛色に沈んだりする“変化”にあります。つまり銀彩は、固定された色ではなく、環境光によって呼吸する皮膜です。
青白磁が「水の層」だとすれば、銀彩は「光の層」。松川和弘様はこの二層を重ね、器の表面に時間を宿しているようです。
Ⅶ 道具としての美──香を立て、茶を澄ませ、日常に静けさを置く
松川和弘様の器は、鑑賞の対象である以前に、道具として成立しています。
陶筥は、蓋を閉じた瞬間に完成する造形であり、開閉の所作そのものが美の一部となります。茶碗は、見込みの青が抹茶の緑を濁らせず、飲み口の銀が灯りを受けて静かに立ち上がる。香器は、透かしや蓋の構造によって香が穏やかに立ち、場の空気を整える起点になります。
つまり松川和弘様の作品は、使うことでより深くなる器です。
手に取る、回す、置く、拭う。
その一連の所作が、作品の静けさをこちらへ移し、日常の時間を少しだけ澄ませていく。甘木道が松川和弘様の作品に惹かれるのは、まさにこの「生活の中で静けさが増す」力にあります。
Ⅷ 甘木道より──この世界を、海の向こうへ
甘木道は、多言語のオンラインギャラリーとして、国内外のお客様へ日本の工芸の魅力をお届けしています。松川和弘様の青白磁は、国や文化を越えて伝わる普遍性を持っています。なぜならそれは、装飾の意味を“説明しなくても”、見る人の呼吸を整えるからです。
そして半農半陶という営みは、現代においてますます貴重な価値になります。自然とともに生き、手を尽くし、結果を待ち、受け入れ、また土に向かう。
その循環が、作品の中に静かに写り込んでいるからです。
私たちは、松川和弘様の世界を、作品写真だけで終わらせず、背景にある思想や日々の営みとともに、丁寧にお届けしてまいります。
この青白磁の世界が、皆さまの暮らしの中で、静かな灯となりますように。
